Living with Japanese Gods & Goddess

瑞穂の国で生きる人の日記

ARTICLE PAGE

思い悩んでいた自分に対しての答え

こんばんはかなえです(^-^)/先日、神棚の神様について、とても嬉しいご報告のお手紙を頂きました。
ただいま私生活共にばたばたしていたのですが、お蔭様でとても温かな気持ちになりました。ありがとうございます。
また、不定期更新にも関わらず、変わらずに足を運んでくださっている方々にも、日々大変励まされております。
いつもありがとうございます。

突然ではありますが、私には、幼少期の頃から自分の中で抱えてきたものがあります。
私自身でさえも、何が自分の身に起きているのか分からないまま、ずっと混乱の時を過ごしておりました。

幼少期、私の周囲にいた大人から見れば、私は大変扱いにくい子供だったと思います。
私自身もそんな大人の気持ちを何となく理解し、その気持ちに上手く対応できない自分自身が情けなくて不甲斐なくて、歯を食いしばりながら生きてきたような気もします。

そうしている内に、無理がたたって身体が悲鳴を上げても、無視を決め込み、気合でずっと乗り越えてきました。
その内、身体の声は聞こえなくなったのですが、ふとした拍子に、心の底で不安が首をもたげるのを感じます。
それでも、大丈夫だ、大丈夫だと自分に言い聞かせて来ました。
若い時は肉体的には若く回復力も早いので、それで何とかなったものです。

ですが、年齢を重ね肉体が徐々に衰えてきた今、気持ちだけではどうにもならない事を否が応でも実感するようになりました。

この先、私はどうなるのだろう。
もしかしたら自分はこの世界に歓迎されていないのではないかとさえ思い、どうしようもない不安に駆られる時もありました。

自分では上手く隠しているつもりでも、周囲はそういった私の様子に気付いていたと思います。
そんな私をどういう風に扱ったら良いのか、今まで出逢ったほとんどの方が戸惑われたのではないかと思います。

けれどもその一方で、私の事を何とか受け入れようと努力なさってくださる方たちもいらっしゃいました。
一歩間違えれば足を踏み外してしまいそうな事があっても、何とか踏み外さずにやってこれたのは、そういった気持ちを向けてくれる温かな方たちの支えがあったからこそだと思います。

それは見える世界、見えない世界も等しく同様です。

先週の事なのですが、思いもかけない所から、このずっと思い悩んでいた自分に対しての答えを頂きました。
それは例えるならば、決してこの世界に疎まれてはいなかったこと、この世界に私も存在して良いのだ、というものです。

今までずっと気付かないまま、いいえ、気付かないふりをしたまま置き去りにしてきた本当の自分と、今の年齢になってようやく向き合う覚悟を固める事が出来ました。

もちろん、答えを頂いたからといって、物事が全てすぐに解決する、という訳ではございません。
人生は一歩ずつ勧めていくものです。少しずつ、少しずつ積み上げていくしかありません。

自分との付き合いは、これからもずっと続きます。それこそ、本当の意味での一生です。
解決していくのは、誰でもなく今の自分と、その先に繋がっていくこれからの自分自身です。

今まで自分という存在からずっと離れて生きてきた私にとっては、まるで初めて出逢った人と歩んでいくかのような心持ちで、少しドキドキしております。今までずっと離れていた分、きっと一筋縄ではいかないと思います。

けれども、この世界に存在して良いのだ、とお声を頂いたように。
今度は私が、私に、あなたはここにいていいんだよって、言ってあげられたら……と思っています。

こう思えるようになれたのも、今まで生きてきた中で繋がった全てのご縁があったからこそだと思います。

それは、このブログを応援してくださっている皆様も同様です。
いつも本当にありがとうございます。
関連記事


ぽちっと押していただけると、更新の励みになります。





 
暖かいお気持ちをくださり、誠にありがとうございます。

 

0 Comments

Leave a comment