Living with Japanese Gods & Goddess

瑞穂の国で生きる人の日記

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神棚のお世話についてお伝えしたいこと

先日ご紹介したご家庭での日供祭(にっくさい)ですが、その際に水器のお水を新しいものへ交換しましょうと申し上げました。
実は、この水器のお水に関してなのですが、私はとある大失敗をしたことがあります。
そのお話にちなみ、神棚の神様とのお付き合いの仕方を、私なりに皆様にお伝えしたいと思います。


神棚の前に置いてある、お水が入っている白い丸っぽい陶器を水器(すいき)と言います。
この水器の中身のお水なのですが、実は我が家の場合は「水道水」をそのまま利用しています。
水道をひねって、そのまま出てきたお水を注いでいます。そして、神棚に捧げています。

え…水道水って…神様への捧げ物なのに…良いのかしら???と思われる方もいらっしゃるかと存じます。

実は、私もそう思っていた時期がありました。でも、そこに拘る余り、お恥ずかしながら神様を泣かせてしまったことがあるのです…( ノД`)

最初は「神様に捧げるお水なのだから、ちゃんと清浄なものを用意しなきゃ!!」なんて張り切っていて、何ヶ月間かは毎日浄水ポットのお水を注いでいたのです。
けれども、大変お恥ずかしい話なのですが、これがその…段々と面倒臭くなっていきましてね。
冷蔵庫に入っている浄水ポットを一々取り出して、大きなポットの注ぎ口から小さい水器の中に慎重にこぼれないように注がないといけない。
そのうちにうっかり寝坊してしまったなんて日もあり、そんな時は寝ぼけ眼で慌てているもんですから、手元が狂いお水を溢れさせてしまって床を水浸しにしてしまう、なんてこともありました。
そもそも浄水ポットにお水を溜める事自体を忘れてしまっていて、注ぐ水がない~~!!なんてことも…。

そして、もう億劫だから今日くらいサボってもいっかな~(ノ_<)となり、でもサボってしまう事への後ろめたさはしっかりあるもんですから、その日は神棚となるべく目を合わせないように逸らしながら過ごす。

ばつの悪いことに、そうした行動が呼び水となり、その日一日だけではなく、そういった日が段々とだんだんと増えていく……その度に、今日はそんな余裕がないから!と自分へ言い訳をする。そして神棚から目を逸らす。

そんなことをしているうちに、やがては、神棚へ向けていた気持ちそのものが薄らいでいってしまったんです。

そしてそんなある日、何と申し上げれば良いのでしょうか…神棚からSOSが来たような気がしたんですね。
???と思って、神棚の方へ久々に目を向けると、そこには埃を被って荒れ放題の神棚が……!!!

そんなつもりはなかったのですが、自分自身が思っていたよりもずーっと長い間、神棚を放置してしまっていたのです。
自業自得とはいえ、その有様にはさすがにショックでした。水器の水は濁り、その中には垢が浮かんでいるし、その容器のふちには黒カビまで生えている…。宮形だけではなく、お塩やお米にも埃が被っている始末です。(当時、榊は造花を使用していましたが、榊にも埃が被っていました…)

すぐさま神様に平謝りをして、お清めをし、神棚を綺麗にし、御神饌も全て新しいものにしました。

その時、神様はもちろん怒っていらっしゃったのでしょうけど、それ以上に哀しんでおられたご様子でした。
掃除をするために失礼致しますって、神棚に手を掛けたのですが、その時に本当に中から「しくしく…」って聞こえたような気がして、それが、本当に心底応えたんです。

猛反省をした出来事でした。

確かに、神様のためをと思い、手間を惜しまないように心がけることは大切だと思います。

でも、その手間が返って負担となり、結果的に一番大切にしなければいけない事がおざなりになったのでは、それこそ本末転倒なのではないか、と考えを改めました。
今の自分が出来る範囲で実行する事がまず第一であり、その行動に対して誠実な気持ちを持つ事こそが本来の筋ではないのだろうか、と思い直したんです。

ですので、神様にお伺いを立てた上で、思い切って水道水にしました。
でもお蔭様で、それ以来お世話をサボったことはありません。もう大好きな神様にあんなに泣かれるのは絶対にいやですしね。
たまに、どうしても翌朝にお世話が出来なさそうな時は、予めその理由を伝えた上で、夜のうちにお世話をするようになりました。

くれぐれも誤解がないように述べておきたいのですが、私自身の怠惰から起こしてしまった失敗を言い訳にして、手抜きをしたって良いんだと主張をしたい、という訳ではないのですよ。
神様とのお付き合いは、やむにやまれない事情が起こらない限りは、一生続いていきます。
ずーっと続いていくあなたと神様との絆、その時に各ご家庭で出来る範囲でのお世話を長く続けていくことが、結局は神様にとってもあなたにとっても一番良い、という事をお伝えしたいと思うのです。

何もかも最上に出来るのであれば、それが一番良いと思います。
けれども、その最上を求める余りに、自分に無理を強いて結局は長続きしないということになったら、それは私たちにとっても神様方にとっても不幸な事だと思うのです。

私は、今は生の榊を愛用しています。けれども、もしかしたら榊を生ける余裕が無くなってしまうことも、この先あるのかもしれません。
そんな時は誤魔化したりせずに、正直に神様にお伝えし、代替案をもって相談しようと思います。例えば、造花に戻したらいいのか、それともプリザーブドフラワーの榊にしてみるのか、などなど。

実行してみて、これはちょっと大変かもって思ったら、その都度、神様と自分に相談をすれば良いと思います。
神様と自分にとってはこれがベストだな、と思える丁度良い真ん中を、是非あなたの神様と一緒に見つけてください。

あなたが気持ちよくお世話が出来れば、そのお心が伝わって神様もきっと気持ちが良くなってくださると思うのです。(* ´ ▽ ` *)
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暖かいお気持ちをくださり、誠にありがとうございます。

 

4 Comments

洸咲 和苗(コウサキ カナエ)  

荻さま

萩さん、始めまして。この度はご来訪いただきまして誠にありがとうございます。
荻さんのご自宅にも神棚があるのですね!いえいえ、我が家ではお米とお塩は月に2回の交換としておりますし、萩さんのお世話頻度はとても立派だと思いますよ。萩さんのところの神様も萩さんのお心配りに、きっと喜んでいらっしゃるのだろうなぁと私は思います。

神棚(神様)のお世話というのは個人的に専属執事やメイドのようなもの、とありましたが、その表現…分かります(●´艸`)
大切な人をいつも気にかける、そしてついついお世話を焼いてしまう…それはまさに、専属執事さんや専属メイドさんといった心境なのかもしれませんね(*´∇`)

神棚におわしますお嬢様のために、お菓子を買って直帰しちゃう萩さんのお言葉を聞いて、私もほっこりしちゃいました。
萩さんのところの神様は、萩さんにとても愛されていて幸せですね。

私のほうこそ、そういったお話しをお伺いするのは大好きですので、宜しければまたお聞かせください。
いつでも遊びに来てくださいね。お待ちしております。

2016/12/07 (Wed) 09:13 | EDIT | REPLY |   

洸咲 和苗(コウサキ カナエ)  

通りすがりの51歳さまへ

ご来訪誠にありがとうございます。
この度は貴重なご意見を頂きまして、目から鱗が落ちる思いでした。

お恥ずかしながら、私は同じ「浄」という文字だけで、いつの間にか本質まで一緒だと思い込み、物事への捉え方の視野を狭くしてしまっていたようです。
51歳さんが述べられた、現代的物理的浄化の行程と捉え直すこともできる、という部分は、自分の考えを改めるとともにまさしく仰るとおりだと思いました。
大変勉強になりました。誠にありがとうございます。

また、捧げ物と共に準備をする過程で如何に気持ちを込めるか、神棚お社と一体となる気持ちを込めて呼応させることが肝要、という部分は、私も心から同意するところであり、同じ思いの方がいらっしゃるという事実に大変感激いたしました。とても嬉しく思います。

応援のお言葉も本当にありがとうざいます。
これからも自分なりにがんばっていきますので、また遊びに来てください。
何かの折には、またコメント頂ければ幸いです。

2016/12/07 (Wed) 08:34 | EDIT | REPLY |   

荻  

初めまして。。
こうさきさんと神様が仲直り(というのも変かもしれませんが)できたようで何よりです。

我が家にも小さいですが神棚があります。
世話をしているのは自分一人なもので、バタバタする朝は榊と水器の水を替えるだけで精一杯だったり…平日の米と塩は2日に1度で勘弁していただいてます(^_^;)

神棚(神様)のお世話というのは個人的に専属執事やメイドのようなものだと思う派ですが、
水替えまでし損ねた日は、ディナーのお皿も昨日のままのお屋敷でしょんぼりしてるお嬢様を想像しちゃってもういてもたってもいられなかったですね…
お菓子を買って直帰しました(笑)


すみません、つらつらと。
またこういうお話待ってます。

2016/12/06 (Tue) 10:41 | EDIT | REPLY |   

通りすがりの51歳  

カビ繁殖防止のためと考えては

シンプルに大切な水器をカビさせないため、と考えてはいかがでしょう。

冷蔵庫の自動製氷器のタンクには浄水器を通した水を入れてはいけないそうです。というのはカルキの殺菌作用がなくなってしまうと、製氷機の中のパイプにカビが発生してしまうからです。タンクは自分で掃除できますが、パイプの方は解体しないと……
冷蔵庫でさえそうですから、浄水器を使ってわざわざカビの生え易い状態にしたお水を捧げるという方が実は間違いなのでは?

浄水器の浄水作用は殺菌剤を活性炭等に付着させて取り除くことで、そもそも霊的な意味での浄化とは異なります。同じ「浄」の字を使っていても。
更に、浄化とは穢れを祓う事ですから、カルキの持つ物理的殺菌作用はむしろ浄化に近しい呼応関係にあると解釈も出来ますね。そう考えると雨水等自然水が殺菌処理されて水道水化するのは、現代的物理的浄化の行程と捉え直すこともできるわけです。

そう考えれば、一見手抜きのような水道水を捧げる行為は、物理的に穢れを祓ってある水を使用するという事で、むしろ使うに相応しいものを選んでいることになります。
後は他の捧げ物と共に準備をする過程で如何に気持ちを込めるかではないでしょうか。

釈迦に説法だとは思いますが、神道によらず信仰、宗教の全ての儀礼術式は上位存在である霊的フィールドと下位存在である物理的フィールドを呼応させることにあります。
であるなら、水道水の持つ殺菌作用が物理的フィールドでの対応要素と信じて、そこに対象である神棚お社と一体となる気持ちを込めて呼応させることが肝要なのではないでしょうか。

長々書きましたが、要は水道水を捧げることにしてかえって良かったんだよ、と考えてる読者もいるって言いたかったのです。
これからもブログ執筆頑張ってください。

2016/12/04 (Sun) 17:10 | EDIT | REPLY |   

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