Living with Japanese Gods & Goddess

瑞穂の国で生きる人の日記

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霊感と霊能ってどんなもの?

見えるはずのないものを見て、聞こえるはずのないものを聞く。
時には、誰が見てもそこには何もないはずの空間に向かって話しかけていたりする。

俗に言う、霊感がある人、というものだと思います。
霊感がある人を霊能者、と呼ぶこともありますよね。

でも、これって、一体どういうものなのでしょうか。

私なりの考えを申し上げるために、このブログでは、霊感と霊能は以下のように定義をさせてください。(このブログ内で、という話しなので、必ずしもこれが正しい解釈であるとは限りませんのでご注意願います)

まずは、霊感については以下のように捉えます。

「霊感とは、非言語コミュニケーション(言葉や文字以外の手段によるコミュニケーション)と同じものである」

非言語…聞き慣れない言葉だと思いますが、非言語とは言葉や文字以外の事を言います。
例えば、何気なく目にする映像や耳にする音、匂い、味、肌の感覚、などのことです。

私たちは「情報」と聞くとつい言語を用いたものに限定してしまいがちになりますが、言語以外にも「視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚」これらの五感を通して、無意識のうちに大量の情報を受け取り、脳で認識しています。

例えば、誰かと顔を合わせたとき、別に怒っている訳でも泣いている訳でも落ち込んでいる訳でもなさそうなのに、何となく見ていると「何かあったのかな?」と違和感を感じた経験はありませんか。
特に言葉を交わした訳ではないのに何かいつもとは様子が違う気がする…気になって実際に本人に確かめてみたら、「なんで分かったの?実は、こんなことがあったんだ」と返事が返ってきた。

一見すると、なんだか不思議な現象ですよね。まるで、何かの勘が働いたみたいです。

でも実は、これはプロセスとして説明ができてしまいます。

上記の例でいけば、視覚からその人の表情や動作、聴覚でその人の呼吸や声の調子、嗅覚でその人の匂い、触覚でその人が発している温度や湿度など、多種多様な情報を五感を通じて受け取っています。
今は例として大雑把に述べましたが、前述以外にも五感を通して私たちの身体はもっともっと細かい、それこそ挙げているとキリがないくらい大量の情報を途切れることなく常に受け取っているのです。
その情報は常に絶え間なく脳へと伝達されます、するとその情報を認識した脳が一瞬で精査をし答えを出します。そして今度は逆に、脳が出した答えが五感を通して出力される事になるのです。

先ほどの例であげるならば、視覚的に「その人の様子が普段と違う」となりますね。

このように、人は、自身では意識することなく無意識に周囲からたくさんの情報を受け取っていて、常に脳で精査をし、その答えを五感を通して常に出力しているんですね。

実は勘が鋭いとされる人は、他の人よりもたくさんの情報をより受信し、脳でより精度の高い答えを出力している人の事であると言えるんです。
そのため、プロセスとして見れば、誰しもが日常的に行なっていることなので、霊感とは多かれ少なかれ誰もが備えているものである、と仮定できます。


以上のことを踏まえ、このブログでは霊能とは以下のように捉えます。

「霊能とは、ある一定の世界観に当て嵌めた上で霊感(非言語コミュニケーション)の精度を高めたもの、及び、その能力を他人に向けて行使する行為のことである」

どんな能力でもそうですが、その能力を高めるためには、それに相応しいバックボーンが必要です。
例えば、なぜそれを行なうかの動機及び目的、また、それを達成するための手段もそうですよね。
それを行なうことによって果たされる約束事があると尚良いです、更にそこに得られる達成感があると、人はそれに基づいて行動をしやすくなります。
更に言ってしまえば、そこに強固な世界観が加わる時、それはより強いものとなります。その世界観に矛盾がないと感じる程に、ヒトはそれを信じ、熱意を向けることが出来るものなのです。

例としてあげるならば、天使や妖精といったスピリチュアルの世界観、日本に古くからある○○信仰の世界観などもそうですね。
一定の世界観に基づいて、霊感を高めていくこと自体は誰でも可能なことであると私は考えています。

それでは他人に向けて行使する、とはどういうことでしょうか。

非言語コミュニケーションについて先にお話ししましたが、先ほどの例は他人が発したものを受信している立場の人のお話しでした。そのお話の中に出てきたもう一人の人物は、前述の人物が他人の発したものを受信していた、とするならば他人に向けて無意識に自分の非言語の情報を発信していたと言えますよね。
実は、私たちは自身の振る舞いの中に様々な非言語の情報を込めています。大抵の場合は無意識になされるものです。

例えば、自分ではそんなつもりはまるでなかったのに、ふと鏡を見ると、自分の顔が思っていたものとかけ離れた表情をしていたという、そんな経験はありませんか。
今の時代でしたらスマートフォンがありますから、スマートフォンのカメラアプリを使用して、被写体の自然な日常風景を撮影する機会もあるかもしれません。その動画に映し出された自分が、思い描いていた普段の自分とは違っていて、びっくりしたなんてこともあるかもしれませんね。

このように、私たちは非言語の部分を無意識的に周囲に向けて発信していると言えるのです。
これは同じ肉体を持っている以上は、どの人にも同じプロセスが働いています。

つまり、私たち人間は、知らず知らずのうちに、非言語の部分の情報の受信と発信を常に繰り返していると言えるのです。

通常の人は、この事には気付きません。何故ならば、非言語の情報のやり取りとはそのほとんどが無意識になされるものだからです。
人の振り見て我が振り直せ、という諺があるように、人は自身の振る舞い(無意識)についてはなかなか分からないように出来ているものなのです。

しかしながら、それを意識的に行なう方たちがいます。それが霊能者と呼ばれる方々です。
彼らの非言語の受信精度はとても高められており、なおかつ発信する能力にも長けていると考えられます。

そして、その非言語の背景には、その霊能者自身が信奉する世界観があります。

特に、浄霊や除霊といった域は、この部分が肝なんだろうなと推測されます。
それこそ、対象者(受信者)の無意識の領域も含めて、根底から覆す程の強力な非言語が必要だと考えられるのです。

その人物が信奉する非言語の世界観が矛盾しておらず、また、強固であればあるほど、その能力の精度は高い傾向にある、と私は思っています。
よって、霊能者個人個人として見たときに、霊能と一口に言っても、その精度にばらつきがあるのはむしろ自然なことだと考えられます。

スピリチュアルやオカルトの世界では、それはサイキックアタックだ、と言われているかもしれませんが、私はプロセスとしては同等だと考えていますよ。

以上が、私の思う霊感及び霊能の定義です。

あ、補足ではありますが、このブログ内では霊能とは「その能力を他人に向けて行使する行為」としているので、行使する方法や手段が異なるだけで、何も浄霊や除霊には限定しておりません。
例えば、占いもそうですし、他人を見るチャネリングもそうです。広い意味では、ヒーリング等の浄化も含みます。

それを踏まえて、改めてこのブログでは、

霊感とは → 非言語コミュニケーション(言葉や文字以外の手段によるコミュニケーション)と同じものである。
霊能とは → ある一定の世界観に当て嵌めた上で霊感(非言語コミュニケーション)の精度を高めたもの、及び、その能力を他人に向けて行使する行為のことである。

としたいと思います。

そして、このブログで何をしていきたいかというと、まずは自分で自分の霊感(非言語コミュニケーション)を高めていこう!というものです。
非言語コミュニケーションは、直感や直観とも言えます。こういったアンテナの精度を日常的に高めていくと、実感としてはやっぱり生きやすくなりますよ。

私自身が現時点で思っている世界観としては、共鳴・調和といった部分です。
洋のスピリチュアルを踏襲しつつも、日本人ならではの、和を重んじる心に、出来る限りぴたっと来るような方法は何かないかなぁと、まだまだ模索中なんですけどね。
私は日本の神様が大好きなので、出来れば日本の神様と共に、その時節折々の四季を感じながら、自分や周囲とも繋がっていきたいなぁと思っています。

まだまだ構想中ではありますが、これからも少しずつ記事にしていきたいと思っています。
暖かく見守っていただければ幸いです。
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