Living with Japanese Gods & Goddess

瑞穂の国で生きる人の日記

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神様が好き、ということ。

私は日本の神様が大好きです。
日本の神様って、本当にたくさんいらっしゃいます。「八百万(やおよろず)の神」という言葉を、この日本という国に住む方ならば、一度は耳にしたことがあるかと存じます。


やおよろず、とは、はっぴゃくまん、という漢字を当ててはいますが、それは八百万個とか、800万きっちりという意味ではないそうです。

それはもうたくさんの、え?たくさんって具体的にはどれくらいかって?いやいや、そもそもどれくらいとかそういう話しじゃなくてね、えーっと…えーっと…とにかく数え切れないほどすごくすごーーーーくたくさんなんだよ、という意味なんだそうです。

他の国と比べれば、日本はほんの小さな島国です。

その小さな島国に、たくさんの神様が一緒にひしめき合って暮らしているなんて、外国の人からすると、びっくりしちゃう話しなんじゃないでしょうか。

私たち日本人にとっては、一神教の神様も、ブッダさんもオーディンさんも、シヴァさんもパールバティさんも、ゼウスさんもタイタンさんも、もっと言ってしまえば、天使さんも妖精さんも、八百万の神様の一柱だと捉えている感覚があると思います。

この国で生まれ育つと、いろんな神様に纏わる習慣がすでに溢れていますよね。
そのため、物心着く前から親兄弟、地域等を通して、それらの概念と自然と触れ合って育っていきます。

その結果、この神社には誰が祀られているのかとか、このお寺では…とか、実はよく知らないけど、「習慣」として自然と手を合わせている事の方が多いのではないのでしょうか。日本人ならば、それはもういっその事「慣習」と表現しても差し支えないかもしれませんね。

日本ではこれといった、特定の宗教概念がありません。
むしろ、生まれた時からこの宗教を信仰していますと断言できる日本人は、日本人全体からすれば少数派なのではないでしょうか。

私も、日本の神様が大好きですとは公言しておりますが、現時点では特定の宗教団体には所属はしておりません。
しかも神様と一口に言っても、うか様や弁才天様にコノハナ様…龍神様にと、いろんな神様が好きなんですよね。


そう、なんていうか「好き」なんですよね。


聞く人が聞けば眉をひそめられるかもしれませんが、この思いは「ファン」という言葉が一番近いのかもしれません。


よく言われるのが「日本人はお正月は神社に初詣をしに行き、結婚式はキリスト教で誓い、葬式は仏教で上げる、そのくせクリスマスもハロウィンも祝って喜ぶ。日本人は結局どの宗教を信じているの?」というものです。

個人的には、以下のように考えています。

宗教云々以前に、私たち日本人は古代より自然に対して畏敬の念を抱いていました。

日本には四季があります。

長く厳しい冬を明けた後の春は暖かく穏やかで、雪は水となり草木も再び芽吹きます。
夏は打って変わってその厳しい日差しにさらされ、時には水も枯れます。そんな時に降る雨はまさに天からの恵みであり、感謝の気持ちが湧き出ます。
秋は実りの季節です、あの厳しい時期をようやく乗り越えた実感を噛み締め、収穫の喜びに胸躍らせます。そして、やがて来る冬に備える時でもあります。
喜びも束の間、訪れた冬は雪を降らし、大地も凍りつき草木も枯れ果てます。草木が芽吹く春が再び訪れるその時まで、じっと待つしかありません。でも、一面の銀世界に見とれたりもします。

当時の日本人は、今よりもずーっと自然の流れをその肌で直に感じていたと思います。
そして、この季節の巡りは人間の力では止められません。繰り返し訪れては去り、訪れては去りと流れていくものです。それが自然の営みです。
その中に、人は人智を超えた存在を見出したのかもしれません。

自然は、時には私たちを労わり、時には無情にその牙を向けてきます。
その時、私たち人間は自然の前ではあまりにも無力です。
自然から牙を向けられた時、人はそれを人智を超えた存在の怒りだと解釈し、何とかなだめ鎮めようとしてきました。

再び自然からの恩恵を、自分たちが受け取れる状態に戻すために。

そう、古代より日本人は「自然からの加護を受けるため、なだめ鎮める」ということをしてきたんですよね。

このような行動は、自然崇拝(アニミズム)といいます。
アニミズムとは、自然界のそれぞれのものに固有の霊が宿るという考えです。ありとあらゆるもの一つ一つに、人智を超えた存在が宿っていると考えたのです。まさに、日本の八百万の神様そのものですよね。だから、神様がたくさんいても、よその国に私たちの知らない神様がいてその国からはるばる日本にやってきたんだって言われても、感覚的に不思議でも何でもないんですよね。

その上で、古代の日本人はやがて約束を取り付けるように、人智を超えた存在に対して予め感謝の念をささげるようになりました。水のことなら水の神様、農作物なら作物の神様、火の事なら火の神様、漁のことなら海の神様…という具合に。

神様、どうか今年も何卒よろしくお願いします、とおもてなしするようになったと考えられるんです。

こうして見ていくと日本人は古代より「神様から加護を受ける→そのために神様をもてなす→喜んでもらえれば神様も私たちを守ってくれる→超バッチリ」という感覚があり、それを基盤にして「神様を祀る→祭る→盛大にお祭りしよう」という様式が成立し、とにかく神様に喜んでもらえれば安心(加護を受けられる)、だからそのためにそれぞれの神様が定める儀式(お祭り)をする、というものがあるのではないかと考えています。

よって、お正月は神社に初詣をしに行き、結婚式はキリスト教で誓い、葬式は仏教で上げる、クリスマスもハロウィンも祝います。はたから見れば、日本人は宗教に対してまさに節操がないとしか言えないのもしょうがないと思います。

だって、私たちは神様をもてなして「どうかどうか」とお願いしている…要するに接待しているんですから!!!

でも、もう遠い遠い過去からずーっと続いている感覚なので、現代ではなんでこんなにいろんな神様のお祭りをしているのか、当の日本人ですら分からなくなっていると思います。
なだめ鎮めるという本来の意識も形骸化され、とりあえず「行事」としてやる、というのが正直なところではないでしょうか。

飽くまでも、日本人としての極々超個人的な意見なんですけどね。


もちろん、私個人にも神様を敬う気持ちも感覚としてはありますよ。
でも、やっぱり神様が好き、っていうのが私個人としては大きいんですよね。

それは言ってしまえば、まるで大きな大きなあったかい親のような存在です。

神様は時には私たちを叱咤します。ちゃーんと見守ってくれているんです。
自力でがんばっていると、時には他力の後押しさえしてくれます。
本当に、それはもう、びっくりするくらいに。

そんな神様が傍にいてくださっていると思うと、自然とがんばるぞーって思えるんです。
この日本にはたくさんの神様が住まわれていらっしゃいます。
これ以上心強いことはありません。

だから、私は日本の神様が大好きです。
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